私は毎朝、駅まで歩くときにイヤフォンで英会話の番組を聴いています。
家を出て、歩きながらイヤフォンを鞄から出して装着するのですが、ある朝、イヤフォンを家に忘れたことに気が付きました。
その時、自分でもビックリするくらい腹が立ったんですよ。
イヤフォンを忘れた事が、そんなに問題か?
たかだか、イヤフォンを忘れただけですよ?でもその時は、猛烈に自分自身に対して腹が立ちました。
今さらですが、なぜあんなに腹が立ったのかを考えてみました。
まず、頭に浮かんだ理由は
「これまでは、できていて当然な事ができなかった。」
という感情ではないかということです。
じゃあ、なぜそんな感情が湧いたのか?
そう考えると、次に浮かんだのが
「ルーチンが破られた」
という事実です。
つまり、ルーチンが大事だと思っているという訳です。
ルーチンとは習慣化されている行動だと考えると、体に染みついている行動ができなくなったので、気分が悪いという結論に達しました。
つまり、私の中では駅まで歩くときに英会話を聞くのが「習慣化」されていたということになります。
習慣化のメリットと罠
「よい行動は習慣化しましょう」
と自己啓発系のブログではよく書かれることです。わたしもそのとおりだと思います。
実際、英会話の勉強が習慣化されているわけなので、喜ばしいことです。
でも、今回のことでデメリットも見えてきました。
それは「決められたレールを走るだけになってしまう」ということです。
いつものレールに乗って、いつもと同じように行動することが快適になってしまうと、レールを外れることによる新たな発見や、行動を改善する機会を逸するということになります。
たまには、あえて習慣を破って、何も聞かず別の道を歩いて街中の風景を見るとか、英会話ではなく他のポッドキャストや音楽を聴いてみるとか、そういうことをやってみるべきなのだなと気が付きました。